« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »

2008年11月

2008年11月28日 (金)

腰痛

これは・・・、もしかしたらギックリ腰というやつかもしれませんbearing

今日、子どもを担ぎ上げたときにやってしまったようです。

といっても、腰をかがめたり、不自然な体勢をとると

痛むだけで、日常生活に支障をきたすほどではありませんcoldsweats01

それにしても、この歳で初ギックリとは・・・。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年11月25日 (火)

羽根木プレーパーク

先日、世田谷区にある羽根木公園に行ってまいりました。

羽根木公園内にはプレーパーク(冒険遊び場)という一画があり、

「自己責任の下で自由に遊ぶ」というモットーで

プレーリーダーや地域の人々の協力により運営されてます。

ここは、火を焚こうが、建物の屋根か飛び降りようが、

「自己責任の範囲内で」何をしても良いのです。

もちろん、こうした方針について様々な立場からの意見が

あるとは思いますが、自分としてはいくつかの留保をつけた上で

歓迎されるような場であると考えています。

プレーパークのことは大学生時代から知っていまして

一度行ってみたいと思っていたのですが機会が無く、

念願かなってやっと訪問しました。

Photo


ちょっと踏み込むと・・・

やっていました!焚き火です!

Photo_2


早速自分たちも火をくべて、座り込みましたbleah


見回してみると、小学校低学年くらいの子から

高校生くらいの子まで、色々な人がいます。

もちろん大人もいます☆


周りの様子を見ながら、自分たちの火には、

用意してきたサツマ芋を突っ込みましたsmile

そんなことをしていると、小さな男の子が

ちょろちょろと近寄ってきました。

何気ない会話から、実はその子の親御さんは離婚しており、

このプレーパークには、お母さんが仕事をしている間

独りでやってきているということが分かりました。


また、周りの子達も、雰囲気から伝わってくるものからは

様々な「何か」をもっているような感じでした。


このプレーパークのことを知ったのは、

大学で子どもの権利条約を研究しているときでした。

子どもたちの地域の居場所として、

大事な役割を担っているということの現実を

目の当たりにした瞬間でした。

違う学校の、年齢の、立場の子ども同士が、

自分の暮らす地域で触れ合える場として、

大変貴重な存在だと考えられます。

とくに、「何か」を抱えている子どもにとって、

この場がとても大きな意義を持つ場合もあるようです。


ひとりの女の子が、こんなことを言っていました。

「ここに来ると、何をするわけでも無いんだけど

なんだか落ち着くんだよね~catface

プレーパークという場の本質を表した呟きであると思います。


・・・あ、そんなことを考えているうちに、

焼き芋が良く焼けましたscissors

Photo_3

プレーパークでは、また貴重な刺激を得ることができました。

そして、夜は友人とまたお酒を飲みました。


池袋のダーツバーです。

カウンターに座ると、目の前にはなんと、

最近話題のせんとくんがいっぱいwwww

Bee1

最後も楽しい一日でしたhappy01

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月23日 (日)

休日

今日は久しぶりに何もない休日happy02

昨日の夜は夜更かしして、今日は9時起床!
今朝は教会に行くことにしていたので、
シャワーを浴びてから急いで支度をして銀座へ。


お昼前に礼拝が終わり、新橋まで散歩がてらテクテク歩くことに。

なぜ新橋へ向かったかと言うと、横浜へ行くためです。
今晩、友達が昔勤めていたという店にみんなで飲みに行くのです。 
東海道線に乗ると、やがて横浜に到着。
ちょうどお昼時ということで、店はどこも長蛇の列sweat02
せっかくなので、横浜家系ラーメンを食すことに。
味は…なんとも普通でしたcoldsweats01


その後、ブラブラ店を見て回ったり、
デパートの屋上で本を読んだり、
そんなことをしてるうちに眠り込んでしまったりsleepy


あ、港湾のビルに夕陽が当たってきれいでしたshine
Photo_2

今は、15分後の待ち合わせまでの時間潰しに
横浜駅のスタバでコーヒー飲んで、まったりしております。

目の前のウインドウ越しに、
ちょっと気の早い(?)イルミネーションと、
大道芸をする外国人が見えます。
Photo
取り巻きは多いけれど、チップはあまり貰えていないみたいです。


…そろそろ待ち合わせ時刻。
遅れないように行きますsweat01


今日はなかなか素敵な一日ですconfident

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月17日 (月)

おんぶ

教え子にせがまれておんぶしてやりました。


私「どうしていつも、おんぶされたがるの?」

子「・・・お父さんがしてくれないから。」

私「・・・・・・。」


もちろん、無言のまま居たわけではないですが、

その後のやり取りは、この場に書くのは控えます。


ふとした時にこういうことを聞くと、

やはり少し考えてしまいますねdespair

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月16日 (日)

BBQ会

普段活動しているキャンプの参加者であるOさんの自宅で

BBQ交流会が開かれ、参加させていただきました。

スタッフ・リーダーサイドの人間は数人でしたが、

中心は子どもたちであり、とても楽しい時間を過ごせました。


Obbq

それにしてもOさんのおうちは荘厳なほどに立派で、本当に圧倒されました。

ご家族も、気さくで男前のお父さん、美しくてよく気のつかれるお母さん、

そして素直でかわいらしいその子自身と、さらにその兄姉という

絵に描いたような理想的なお宅でした。

あまりに自分の日常とかけ離れていて、

目標とすることさえ、はばかられるほどでした。


Oさんやそのご家族におかれてはこの日記をご覧になられるでしょうが、

一日楽しく過ごさせていただいたことに、本当に感謝しています。

私はこのようにな小さな人間ですが、

今後もよろしくお付き合いいただければ幸いです(^_^;)

とくに、また一緒にキャンプに行かれれば嬉しいですbleah


さて、一緒に参加させていただいたnoriくんの

たいへん威勢の良い動画をmixi上にアップしましたので、

よろしければごらんくださいませ♪

http://video.mixi.jp/view_video.pl?owner_id=15735854&video_id=5518229


本日は、なんと幸せな週末だったことでしょうかhappy01

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年11月12日 (水)

コルチャック先生

自分が所属している教育NPO経由で、

S学館の教育雑誌に載せるために「私の教員人生を変えた一冊」を

3冊ほど紹介してほしいという依頼を受けました。

そして書棚から真っ先に引っ張り出したのが、

『コルチャック先生』(岩波書店)です。


コルチャック先生(ヤヌシュ・コルチャック)は、

子どもの権利条約の精神的父と呼ばれる人で、

小児科医・教育者として生涯を子どもにささげた偉人です。

子どもを一人の人格者として尊重し、

常に子どもに寄り添う実践を続けました。

孤児院を経営し、子どもの自治による運営を目指したといいます。


彼のエピソードの中で二つ、特に好きなところがあります。


一つは、子どもからもらったものは、それがどんなものであっても、

すべて大事に保管していたということです。

自分も、コルチャック先生について知る前から、

同じように子どもにもらったものは何一つ処分していなかったのですが、

この話を聞いてから一層、固くこの信条を大事にするようになりました。

そのため、狭い我が家の押入れの中で、

「子どもからもらったもの箱」が大きな幅をとっています。

自分にとってこの箱は、子どもに対する愛情の象徴のようなもので

どうあっても手放すことはできません。

コルチャック先生も自身の部屋の棚に並ぶ手紙、まつぼっくり、

カードなどを眺めて、同じ思いだったのでしょうか・・・


もう一つ、好きなエピソードは、彼の最期です。

ユダヤ人の彼は、子どもたちと共に

強制収容所へ移送される列車に乗ることになります。

列車までの道、先生を先頭に子どもたちが列を成します。

コルチャック先生の両手には、特に幼い子どもたちの姿が在りました。

後ろに続く子どもたちも、自分の宝物を抱いて歩きます。

コルチャック先生は子どもたちに

「これから素晴らしいところへ遠足に行くのだ」と伝えたのです。

もちろん、子どもたちも尋常でないことが起こっていることには

気づいていますが、先生の導きに従って進んでいきました。

それは、なんという愛情と悲哀とに満ちた行進だったことでしょう。

そしていよいよ列車に乗り込もうというとき、

一人の伝令がコルチャックに走りよりました。

彼に限り、軍医としての活躍から、特赦が出されたというのです

しかしコルチャックは列から離れることをしませんでした。

「私は子どもたちの父親です。子どもたちをどうして・・・」

そう言って、老体をしゃんと起こし、毅然と列車に乗り込んだのです。

どこまでも子どもたちと共にあり続けようとする

コルチャック先生の子どもに対する深い情に、

心からの尊敬を覚えます。


コルチャック先生のことを知ったその日から、

コルチャック先生は自分の人生の手本となりました。

彼のように子どもへの愛情をとことんまで追求できる人間に

少しでも近づきたいものです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年11月10日 (月)

目の前の一人

「自分の目の前にいる、たった一人でも

 救うことができれば、それで十分じゃないか」


今日、大学院の先生と個人的に話をしていて

胸に刺さった言葉です。


子どもと関わる活動をはじめた数年前は、

子どもと時間を共有できるだけで幸せ、ましてや、

微力な自分が少しでも子どもの役に立つことができれば

それ以上に喜ばしいことはないと考えていました。


それが、あまりに色々な活動を繰り返す中で、

慣れや麻痺が生じ、

必要の無い自信を抱き、

表面に現れるものにとらわれ、

本当に大切な、最初の気持ちを見失っていました。


大きなことを考えても、今の自分にはムリ。

目の前の一人にどう関わるか。

この子一人にでも、自分の存在が役立てば

私の人生、大成功。


子どものちょっとした言動に敏感になり、

誠実に、真剣に、目の前の子どものために全力を尽くす。


今一度、根っこの気持ちに立ち返ろうと思います。


今の生活は、楽しいことも多い一方、

もう駄目なんじゃないかと思うくらい辛いことも多いです。

そんなことを涙で訴えた自分へ、涙で応えてくださった先生に

心から感謝をしています。


自分の命の役割を、これからも探り続けたいと思います。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月 7日 (金)

小学校移動教室引率補助

二泊三日の小学校移動教室に引率補助員として同行して来ました。

4年生の子どもたちは素直でかわいらしく、先生方も良い人達で良かったです。


……が!
もう一人来た補助員の人には正直参りました
こういっては何ですが、
指導者としての資質も能力も皆無でした。
というより、そもそも社会性や人間性が疑われるような言動を繰り返していたのです。

彼は大学2年生の男性でした。仮にOと呼びましょう。

彼の悪行を書き連ねると、

・一部の班にばかり付いて全体の動きを見て働かない。
・風呂で、水の掛け合いなど一緒になって遊んでいる。
・同じく風呂で、私が子どもにはよく拭いてからあがるように言っているのに、
Oはビショビショのままあがろうとし、更にそれを咎めても意に介さない。
・揚句の果てに自分の入浴が終わったら子どもがまだいるのに部屋に帰ってしまう。
・食事準備に一度も来ない。
・ましてや夜の反省会の準備や片付けも一切しない。
・自分の飲み物が注がれるのを待つだけで他の先生方に注がず、
その上、乾杯前に勝手に飲み始める。
・子どもに支度をさせる時、一緒になってずっと遊んでいる。
・特定の子ども部屋に篭り、出てこない。
・ちょっと指導している様子だったので任せておき、後から確認に行くと過ったやり方を指示している。
・お願いしておいた待機場所にいない。
・探してみると子どもの部屋で勝手に寝ている。
・子どもの前で買い食いし、しかも子どもにも与える。
・買い食いしたゴミを捨てるために、自分の持ち場を離れる。
当然、断りの言葉などない。
・自分の持ち場に不満を述べ、「下らんことを言うな」と担任に叱られている。
・Oの希望に沿って持ち場を与えてやっても、平気でそこから離れる。
・私が全体的に子どもと遊んでいるのが気にくわないらしく、
「時間で区切って男女を分けて遊ぼう」
等という意味不明の提案をしてくる。
・子どもに迎合して、ナメてかかられているのを、
子どもから好かれていると勘違いしている。
・悪行の数々について指摘して改善を求めても言い訳ばかりして直さない。
むしろ開き直る。
・「自分はもう4回も引率に来ている」等と言う割に施設の様子も
プログラムの流れも何一つ理解していない。


Oの余りのゆとりっぷりに呆れ果てました。
しかもこのような人間が平気で教員を志望している等とぬかすのです。
日本の教育の未来が危ぶまれますrain

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年11月 5日 (水)

遅刻進行中

うはwww
今日から移動教室で6時の電車に乗らなきゃいけなかったのに、
目が覚めたら6時半wwwwww


おれ超絶涙目wwwwwwwwwwww

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月 3日 (月)

校庭キャンプと地元の運動会

この土日に、WEASCの校庭キャンプがありました。

と言っても自分が参加したのは土曜日だけ。

一日だけで帰ってしまうので、今回もスタッフサイドのお手伝いでした。


やはり、子どもたちはかわいいなぁ。

自分は班を持たなかったけれど、遊びに入れてもらったり、

テント立てや炊事の手伝いなんかをやっている中で

子どもと関わることができました。


キャンプでは毎回出会っては別れの繰り返しなので、

確かに寂しいと感じることもあります。

けれど一方で、毎回のように「この子にはどう迫るか」と

考えをめぐらすのが楽しくもあります。

その場限りの関係性の中で、踏み込みすぎず、離れすぎず。

キャンプでは、期間の短さもあいまり、

心情的には比較的、距離のある接し方でいるのが心地よいです。


日曜日の今日は地元の育成団体が行っている運動会の

お手伝いに行ってきました。

この団体とはもう6年目のかかわりで、

中高年以上の方々が中心の輪の中に交じり、

すっかり顔なじみになっています。


おかげで、親子以上に年の離れたおじさんおばさんに

「○○君、いつも有難う」というような言葉もいただき、

活動するにも非常にやりがいを感じます。

しかも地域の小中学生の一部もスタッフとして手伝いに来る上、

運動会の参加者も見知った子どもたちがほとんどです。

自分がこの地域に居つくようになった6年前、

児童館で一緒に遊んだ当時1年生の子は、

今では心も身体も大きく成長した6年生。

また、小学校の低学年だった子が、

今では中学校の生徒会長。

なんだか感慨深いものがあります。

またその親御さんの中にも、顔を合わせれば

笑顔で挨拶をするような間柄の人が多く、

そんな地域の一員であることがとても嬉しいと感じています。

これも、様々な場に顔を出し、子どもたちを中心に

地域の人たちとかかわりを持ってきた恩恵ですかね。


自分が生活の基盤を置く地域の子どもたちとは、

長い期間の付き合いになると言う意味において、

比較的長期的な視点で接し、

その成長を噛み締めるという関わり方をすることも可能で、

これまたキャンプでの接し方とは質の違う喜びです。


やや話は飛びますが、もう6年も育成団体の人たちとお付き合いをしていると、

やはりどうしても、皆さんの加齢が目に付きます。

子どもの成長とともに、当然お年よりも年を重ねていっているのだという実感を

不思議と今日は強く抱きました。

そして、とても悲しい考えに行き着いてしまったのですが、

今、懇意にしてくださっている皆さんとも、

やがては永遠にお別れしなければならない時がやってくるのです。

当たり前で単純すぎるこの事実が、今日に限って自分に突き刺さりました。

妙に悲しい気持ちになってしまいました。

ただ、そうであるならば、今自分の目の前にいるこの子たちが

次のこの地域の担い手であり、社会の担い手でもあるのだというのも厳然たる事実です。

「子どもは社会の宝だ」などという空疎な言葉で子どもを語るのではなく、

彼らには、現に、目の前にあるこの地域を、今の世代から引継ぎ、

そしてさらに次に生まれてくる子どもたちに手渡してもらわなければならないのです。

そう思うと、今自分が関わっている子どもたちに対する

自分の責任が途方も無く大きいもののように思われました。

私が親しみ、尊敬もしている地域の先輩たちのように、

自分は子どもたちのモデルとなりうるような振る舞いをしているのか。

改めて考えさせられました。


自分が昔から知っている子どもたちの中には、

高校受験や大学受験をするような年になっている子もいます。

彼らがどのような進路をとるにしても、

地域の人のぬくもりの中で育ったことを忘れずに大きくなってもらいたいものです。


そのためにも、私は、これからもやはり自分のできることを精一杯し、

泥臭かろうが、不細工であろうが、何かを次代に伝えられるように頑張ろうと思います。




・・・もし、自分にも将来子どもができたら、

今以上に際限の無い責任を負うようになるとともに、

期待、不安、様々な気持ちが入り混じるようになるでしょう。

でも、自分は何としても子どもがほしいと思っています。

そのためにも、なるべく早期に我が身を落ち着けて、

一緒に子どもを育ててゆきたいと思えるパートナーを得たいものです。(切実)


なんだか、タイトルから飛躍しすぎの内容になってしまいましたねcoldsweats01

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »